原状回復義務の範囲とは 通常損耗分を賃借人に負担させる特約の限界
賃貸借契約終了時における賃借人による原状回復義務はよく議論されるテーマです。本記事では、特に「通常損耗分を賃借人に負担させる特約の限界」に焦点をあて、その有効条件を6つのポイントで検討します。新たな民法改正も踏まえ、どういった文言や手続きが必要かを具体的に解説。賃貸借関係にある皆様にとって、より明確で公平な契約を結ぶための参考になれば幸いです。
※この記事は2021/07/12にラクーンレントメルマガで配信したものを加筆修正したものです。
賃借人による原状回復義務の範囲
さて、今回は賃貸借契約終了時の原状回復について書いていきたいと思います。
具体的には、「通常損耗分を賃借人に負担させる特約の限界」について、判例及び改正民法を踏まえて、検討いたします。いわゆる保証金等によって、賃借人に通常損耗分を定額負担させる規定が典型です。
通常損耗分を賃借人に負担させる旨の特約であっても、通常損耗分を敷金(保証金)から差し引く旨の特約(いわゆる敷引特約)であっても同様です。なお、民法改正により、賃借人による通常の使用・収益によって生じた物件の損耗並びに経年変化については、賃借人による原状回復義務の範囲に含まれないことが明記されています。(民法621条)
特約を有効にさせる6条件
結論から入ります。以下の6条件を守れば、特約が有効になる可能性は高いでしょう。
- 賃借人の負担額が、賃料の3.5カ月分までであること。
(ただし礼金が無い場合に限る。礼金1カ月の場合は、賃料の2.5カ月分まで) - 特約の文言としては、通常であれば賃借人負担にならない通常損耗分についても、今回は例外的に賃借人が負担することになる旨が明確にわかる文言になっている。
- 特約の内容が、賃貸借契約書及び重要事項説明書に明記され、特約の内容について、賃貸借契約の場で、賃借人に対し、十分な説明がなされていること。
- 賃借人が負担することになる通常損耗の範囲について、明確かつ具体的に示された図表が、賃貸借契約書に添付されていること。
- 特約の内容について、賃貸借契約締結よりも可能な限り早い段階で賃借人に説明しておくこと。
- (入居時の部屋の状態を写真で撮影しておくこと。)
原状回復義務の特約を適応した具体例
①の賃借人の負担額が、賃料の3.5カ月分までであることについて、3.5カ月分は礼金が無い場合のギリギリの限界値です。3カ月分等に抑えた方が無難でしょう。3カ月分だとしても、必ずしも有効になるわけではない旨を付言させていただきます。また、礼金を1カ月取っている場合は、賃料の2.5カ月分を上限にすべきです。さらに、3.5カ月分全額賃借人負担にできるのは、あくまで3年以上等長期間住んでいた賃借人に限ると考えた方がベターです。
②の例外的に賃借人が負担することになる旨が明確にわかる文言について。例えば、敷引特約であれば、「別表(添付図面)中の貸主負担となる通常損耗及び自然損耗につき、その原状回復費用については、敷金(保証金)から控除されることによってまかなわれるものとし、借主はこれに同意する。なお、賃料には、通常損耗分の原状回復費用は含まれないものとする。」等の文言が考えられます。多少くどい文言ですが、このくらい明確にすべきかと思います。
③特約の内容が、賃貸借契約書及び重要事項説明書に明記され、契約の場でも十分な説明がなされていることついて。
賃借人に対する十分な説明と、賃借人の明確な同意をとることがポイントです。特約部分のみ、念書等の別紙として作ってしまい、「上記特約につき、十分な説明を受け、内容を理解した上、同意します。」といった同意書面を別途作ってしまうのも手かも知れません。
④の賃借人が負担することになる通常損耗の範囲について、明確かつ具体的に示された図表が、賃貸借契約書に添付されていること関して、
敷引特約が有効とされた判例(最一判平成23・3・24)の事案では、賃貸借契約書に以下のような図面が添付されていました。この図面に加えて、各項目の修繕費用が具体的にいくらかかるのかもあわせて明記されていればなお良いです。国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」も書き方の参考になります。
⑤特約の内容について、賃貸借契約締結よりも可能な限り早い段階で賃借人に説明しておくことについて。
この条件は、賃借人が、特約のない他の物件との比較検討を十分に行った上で、本物件を選んだと言えるための要件です。現実的ではないかも知れませんが、いわゆる「マイソク」提示段階で触れておく等が出来ればより良いと思います。賃借人に、できるだけ早期に特約の内容を伝え、賃借人はそれを十分考慮にいれた上で、特約のある本物件を選んだのだ、といえるようにする必要があります。
⑥居時の部屋の状態を写真で撮影しておくことについて。特約の中身ではありませんが、入居時の状態を写真で保存しておくことが望ましいです。具体的にどのような損耗が発生したのかを証明できるようにすべきです。
まとめ
特約の有効要件について、これらの要件を守れば、必ずしも裁判で有効と判断されるわけではなく、あくまでこれまでの裁判例等を踏まえた上での一つの見解です。
また、例えば「クリーニング費用(○○円)については賃借人の負担とする」のように、具体的項目を絞って、賃借人の負担とする旨の特約の方が、有効性が認められやすいと思います。以上、通常損耗分を賃借人負担にする特約の限界について検討しました。
少しでも皆様の参考になれば幸いです。
編集部追記:原状回復義務の基礎知識
原状回復義務の基本
賃借人は、賃貸借契約終了時に、賃貸物件を受け取った当初の状態に戻す必要があります。ただし、以下の点が考慮されることが一般的です。
通常の経年変化や使用による自然な劣化(通常損耗)に関しては、原状回復義務の対象外です。これは、使用に伴う避けられない劣化を意味します。
賃借人の過失や故意による損傷や変更は、原状回復義務の範囲内とされることが一般的です。
改正民法と原状回復義務
改正民法により、賃借人による通常の使用・収益によって生じた物件の損耗並びに経年変化については、賃借人の原状回復義務の範囲に含まれないことが明記されています(民法621条)。
通常損耗とは
例えば、経年による壁紙の変色や、床の軽度な傷など、日常的な生活をしている中で自然と発生する劣化や損耗を指します。しかし、穴を開ける、ペンキを塗る、大きな傷をつけるなどの行為は、通常損耗とは認められないことが多いです。
敷金や保証金の扱い
多くの賃貸契約では、契約終了時に原状回復のための費用として、敷金や保証金から差し引かれることが定められています。ただし、通常損耗に関する費用を差し引くことは原則として認められません。
原状回復義務をめぐるトラブル
原状回復義務に関しては、賃借人と賃貸人の間でトラブルが発生することが少なくありません。特に、どの程度の修繕が必要か、その費用の範囲や額についての意見が分かれることが多いです。トラブルを避けるためには、契約時に詳細な確認や、入居時の状態を写真や動画で記録しておくことが推奨されます。
賃貸物件を借りる際や、賃貸物件を提供する際には、原状回復義務についての理解と、その取り決めに関する明確な確認が必要です。